第2回 体験談 奥津哲夫さん

1.がんが見つかったきっかけ

2007年、食べ物が胸につかえるような感覚が続きました。最初は「サツマイモを食べたときのように少し詰まる」程度でしたが、ある日お湯を飲んだとき、温かさが胃まで広がらず、喉元に逆流してくるように感じ、「食道が詰まっている」と確信しました。

翌日、胃カメラ検査を受け、その場で胃がんと告げられました。モニターには胃の入り口が塞がっている映像が映し出され、検査スタッフの表情からもただ事ではないと悟りました。


2.治療方針の決定と情報収集

詳しい検査の結果、根治の可能性があるとのことで手術を受けることになりました。私は病気を理解するために、胃がんの一般書籍や医師向けの「胃がん治療ガイドライン」を取り寄せ、治療法や病気の進行について勉強しました。

私のがんは胃と食道の境目にあり、手術では胃を全て、食道を半分、脾臓と胆のうも摘出しました。術後は、目に見えない小さな転移を抑えるための補助化学療法(抗がん剤治療)を2年間続けました。当時はTS-1という新しい薬が登場したばかりで、その効果に期待して使いました。この時の治療は標準治療でありベストな治療です。私がしたことは病気とその治療について勉強することでした。


3.再発転移とその後検索した情報サイトおよび選択した治療方針

しかし、手術から3年後、肺に小さな転移が見つかり、病期はステージ4になりました。転移部分を手術で取り除いた後、私は自ら最新の医学論文を調べ、TS-1とシスプラチンの併用療法(当時は治験中)を主治医にお願いしました。この治療は効果が高い可能性があるとされ、生存曲線(患者さんの生存率を示すグラフ)がゼロにならず、長く生き残る人がいると報告されていました。私はその希望に賭けました。

このとき私が行った最新の研究情報の入手方法は、日経メディカルのWebサイトです。これは医療従事者用で、学会で報告された最先端のがん治療の研究成果が示されています。ここから元論文を入手し読みました。私は仕事柄英文の学術論文を読むことが習慣化しているので医学論文も読むことができました。今では一般の人も自動翻訳ソフトと、AIを駆使すれば、最先端の論文をやさしく要約して読むことも可能と思います。

しかし、副作用は非常に強く、下痢、食欲不振、体重減少、そして全身のだるさに襲われました。生きているだけで精一杯の状態が続き、仕事どころではありませんでした。

当時、私は大きな研究プロジェクトを任されており、成果を出す責任がありました。悩んだ末、仕事を優先するために化学療法を中断しました。治療をやめても、体調が回復するまで数か月かかり、海外出張中もつらい日々が続きました。

幸いにも、その後5年間、新たな転移は見つかりませんでした。医師から「なぜか特別にシスプラチンが効く患者がいるが、あなたはその一人だろう」と言われ、私もそう理解しました。この治療はその後、胃がんの標準的な初期治療として広く使われるようになりました。

しかし、長い闘病と仕事のストレスでうつ病を発症しました。仕事のパフォーマンスが落ち、職場にも迷惑をかけました。治療は近所のクリニックで受け、薬だけでなく老医師のカウンセリングが大きな助けになりました。精神面のケアも、がん治療の大切な一部です。

がんからは逃げ切れましたが、胃全摘の後遺症で逆流性食道炎に悩まされています。胃がないため、膵液が食道に逆流してしまい、食欲減退や体重減少、免疫低下を引き起こします。私は今も、自分の体で対処法を試しながら研究を続けています。


4.がんを経験して伝えたいこと

がんになると、多くの人は「なぜ自分が」と原因を探します。私も、過去の行いを振り返り、反省することがありました。その意味では、人生をより良い方向へ軌道修正するきっかけにもなったと思います。

がんの手術により私の複数の臓器が失われました。胃を取っても生きていけますが、元通りの生活はできません。この体で社会に復帰するためには、今の体に合わせた人生の目標を再設定する、つまりできることの範囲を下方修正する必要があります。手術後の体は車輪を一つ失った車のように、体も元のようには動きません。けれど配置を変えれば三輪車のようにまた走れる。私はその生き方を選びました。がんの治療により身体の機能は不可逆に失われ、精神的なストレスを抱えて生きることになります。これを運命と受け入れ、生活しできる範囲で仕事をしてきました。自分の人生にがっかりしますが、気分転換をして前向きに生きるように努めました。

私はがんの手術後に大型二輪の免許を取得し、白バイと同じオートバイを買い八ヶ岳の周りを走りました。オートバイの運転は運転に集中する以外にすることがなく、運転中に悟りの境地に達することがあります。オートバイの運転は病気のストレスから助けてくれました。

がんは遺伝子の複製ミスによって生じる病気です。まずは標準的な治療を受け、それが難しくなった場合でも、最先端の医学から希望を探すことが大切です。がんとの闘いは、体だけでなく心の闘いでもあります。信頼できる医療者やサポートの力を借りながら、情報と希望を持って歩んでほしいと願っています。